これからの教育のあり方

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学校教育をもう一度省みる

教師の問題

どうしても教育問題で避けられないのが、体罰の問題です。
驚くことに、体罰擁護派は一向に減りません。
ニュースになるたびに、討論が行われていますが、平行線が続いていますよね。
これは何が問題なのでしょうか。
一言ではうまく言えません。
あれだけ議論して結論が出ていないのですから、私が一言で言えてしまったらまたそれも問題なのですが。
ただ、私は体罰そのものの善悪を問うよりも、学校という場の異質さに注意を向けるべきなのではないかと思っています。
体罰を受けてしまう、体罰を与えることができてしまう、よく考えてみると、相当理不尽ですよね。
学校の規則は守らなければならない。
学校、教育は必ずそうした一つの形をなぞらなければいけないものなのでしょうか?

学生の問題

学生は学校に行かなければならないのでしょうか。
答えはノーであると私は信じています。
集団で過ごす必要がある、と言いますが、そういう風に教育をある一つの典型的なものにはてはめようとする動きが、最もグローバル化と呼ばれるものから離れているのではないかと疑問を抱きます。
プログラミングは義務教育になるでしょうが、私はそうなることで、プログラマーを生み出すことで見えてきた光を消さないで欲しいと願っています。
プログラマーは、その技術を独自に勉強指定さえすれば、在宅勤務も認められ、学歴も不問とされた稀有な職業です。
それは、義務教育の息苦しさ、日本の教育自体の息苦しさから逃れられる可能性を提示してくれたのではないでしょうか。
いろいろな人がいる、これはみんなわかっています。
そのことを知ることで、教育が変化すること、これが最も必要なことなのではないかと思っています。


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